2019 会津(初日・前半) |
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いきなりの急な石段・・・・・・
こんなトコでナビがいきなり案内終わって、一体どこに停めんねん!?って。 |
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たしかにナビは便利ですけど、最後の最後はヤッパシちと弱いですよね。
突っ込み過ぎてたんでバックして改めて停めて登りました。 |
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やって来たのは須賀川市の東のはずれにある桙衝(ほこつき)神社。
以前から気になってたトコです。 |
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いつも訪ね歩いてるようなトコと比べるとかなり立派ですね~。
由緒もあって、式内小社だそうです・・・・・・何だか良く分かりませんが。少なくとも延喜式の時代には存在した、と。 |
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境内もとてもきれいに整備されてます。
・・・・・・で、この裏山に巨大磐座があるとのコトなんで、まずは登ってみます。 |
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ありました! |
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・・・・・・けど、埋もれてしまってても一つ磐座としての存在感には乏しいような。 |
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かなり幅も高さもマッシブ感もあるだけに惜しい気がします。 |
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もう少しチャンと岩が露出するよう、溜まった枯葉等を掃除したら良くなるんぢゃないか?って気がしました。 |
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ちなみにこの神社の縁起、また周囲からは土器その他、かつてここで何らかの祭祀が行われてたことを示す遺物が出土してるみたいなんで、磐座であることは間違いありません。 |
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折角なんで御朱印貰いに社務所を訪ねることにします。
何だかお寺っぽいですね。 |
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御朱印、ゲットだぜっ!(笑) |
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続いてやって来たのは、荒れ地の向こうに残る巨大物件。 |
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・・・・・・って、表通りからだと道路の真横にあるんですけどね(笑)。
解体されたって噂も聞いてたんですが、実際はこうしてちゃんと残ってますがな。 |
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これこそが郡山市の心霊スポットとして名高い(笑)、「うすい女子寮跡」です。 |
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そもそも「うすい」っちゅうのが何かと言うと、今でも郡山市を地盤として頑張るデパートで、現在は三越の子会社になってます。 |
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この女子寮は80年代終わりごろまで使用されてたみたいですが、その後の全国的な百貨店の業績低迷による業務縮小に伴い廃寮になったようです。
かつては進出して来た西友やダイエーを返り討ちにして撤退に追い込んだデパートとして、全国に勇名を轟かせたんですけどね。 |
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ともあれ、入ろうと思えば入れるんでしょうけど、何だか廃墟物件としてはあんまし面白くないカンジ。 |
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大体、これだけ大規模な寮に多感な時期の独身のお嬢さんがウジャウジャ暮らしてれば、自殺の一件や二件あってもおかしくないワケで、それで心霊スポットだのなんだの、ってあまりにアタマの悪いストーリー捏造ですよね。
それより、今や死屍累々な地方デパートの状況の方がよっぽど怖い。
うすい百貨店には何とか頑張って欲しいモンです。 |
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続いてやって来たのは御霊櫃峠の手前にある、ごれいびつ温泉。
これは露天風呂でもなんでもなく、釣り堀のようです。 |
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ココも以前から気にはなってたんですが、ナカナカ上手くコースに組み込めずそのままになってました。 |
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「北湯」っちゅうのがどうやら正式名称みたいですね。 |
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川っぺりに下って行きます。 |
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男女別の何の変哲もない浴室。
内部の写真も撮りたかったんですが、何かブツブツ独り言ゆうてる不気味なニーチャンがいたんで止めました。 |
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如何にも地味な鉱泉宿らしい、簡素な客室の様子。 |
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効能も何も記されてない、メッチャ素っ気ない分析表。
弱アルカリ、ってコトだけは分かりました。 |
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ただ、アトピーその他の皮膚病に特効ありということで、訪ねる人は引きも切らないようです。 |
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群馬の大塚温泉もそうなんですが、「温めの弱アルカリ泉」っちゅうのがポイントなのかも知れません。 |
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最近はすっかりネコ好きになったワタシ・・・・・・って、撫でようとしたらシャーって凄まれましたが(笑)。 |
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ごれいびつ温泉、佇まいに特筆すべき点はありませんでしたが、何だかしみじみと印象的な宿でした。 |
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そのまま狭い舗装林道を温泉名の由来ともなった御霊櫃峠に登りました。
どうやら坂マニアなロードバイク乗りに人気があるようで、途中、何台もえっちらおっちら漕いでるのを追い越しました。 |
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猪苗代湖が眼下に見えます。
戊辰戦争の折には会津藩の重要な防衛の拠点となったそうです。 |
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ここは素晴らしいロケーションで是非とも撮りたかったんですけど、登山者多数で断念。 |
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御霊櫃、っちゅうのも調べてみると巨石に関係しており、「櫃石」というのが今でも残るみたいなんですが、良く分かりませんでした。 |
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あまりの景色の良さにヨメもケータイで写真撮ってます。 |
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それにしても、この登山道の細かい石はちょっと不思議。
砂利を撒いたワケではなさそう。 |
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この付近には「逢瀬三石」といって、櫃石の他にもまだ巨石があるみたいで、今後の課題です。 |
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湖岸に下って「三代不動滝」っちゅうのを探しましたが見付からず、仕方なく通り沿いで見付けたラーメン屋でお昼にすることにしました。 |
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「かしわや食堂」・・・・・・元々は旅館だったみたいですね。
元々は白河方面と猪苗代を結ぶ街道筋の商人旅籠だったんでしょう。 |
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この辺の食堂は単純に「**食堂」って名乗る、シブい佇まいのトコがとても多いです。 |
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駐車場に停まるクルマの多さで入ったんですが、これが見事にビンゴ。
私の頼んだチャーシューメンも・・・・・・ |
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ヨメの頼んだ味噌ラーメンも・・・・・・ |
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餃子も全部が大当たり。
やはり地元民に愛されてる店にはハズレがないですね。 |
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再び湖岸に出て東進し、そいでもって南に折れて山の中に入るっちゅう、とっても効率の悪いコースで到着したのは・・・・・・ |
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・・・・・・隠津島神社。
人家もない山中に忽然と現れる謎めいた神社です。 |
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目指すはそのちょっと裏手を上がったトコにある「別宮・風穴堂」。 |
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上がる、ったって30mくらいでしたけど(笑)。 |
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ココが何かというと、要は風穴を御神体とする神社なんです。
「かざあな」ちゃいますよ。「ふうけつ」です。 |
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たしかにお社の下の大きな穴からは冷気が噴き出しています。
蛇神を祀るそうなんですが、こんなに冷たかったら変温動物は動けなくなるのでは?って思っちゃいます。 |
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この背後の山全体のあちこちに風穴が点在してるみたいです。 |
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ちなみに社殿の後ろには烏帽子岩って御神体の巨石があるようなんですが、雑草に覆われて良く分かりませんでした。 |
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もちょっと真剣に入って探してみた方が良かったかな? |
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秋は多分紅葉がスゴいんでしょうね。 |
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支離滅裂で全く話の辻褄が良く分からないワリに、怒涛の不幸の連続でまったく救いがない、っちゅう珍しいパターンの伝説が掛かれてます。 |
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元は禊場だったと言われる菅滝。
降りる道がありませんでした。 |
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新緑と日差しの加減だったんでしょうが、この隠津島神社での写真は黄色カブリが激しかったです。
ニコンのホワイトバランスは昔よりはかなり改善されてるとは思うんですが、たまにメチャクチャにヘンな判断するのが困りモノ。 |
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下る途中見付けた湿地に寄ってみます。
湿原とか湿地とか、ナゼか好きなんですよ。 |
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・・・・・・って、殆どの木道は朽ちかけて通行止めになってるやんか(笑)。
地方はデパートだけでなく自治体も苦しんでるトコばっかしですな。 |
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こっから再び湖岸に戻り、再び山に入り東山温泉の奥の方、東山大滝、廃村・おおすごスキー場跡なんかを回ったんですが、さしたる収穫もないまま、会津盆地南縁あたりまで来ました。、 |
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以前訪ねた左下観音の近くにある本郷第二小学校跡です。 |
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何だこりゃ? |
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様々な生き物が飼われてたであろう飼育小屋。 |
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こんなに大きくて立派な建物なのに、廃校。
教育関係の連中には将来予測とかコスト意識、って観念がないんでしょうか。 |
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閉校になったのは2013年なんでまだ6年くらいしか経っておらず、内部もまだまだ使えそうな感じがあります。 |
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ホント、勿体ないハナシですよね。
こんなことして子供たちに物の大切さを教えたって、まったく心に響かないのではないかと・・・・・・。 |
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嵩張るモンでもなし、こぉゆう記念品は統合後の学校に持ってった方が良いのでは・・・・・・。 |
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家庭室の跡。
「調べる・考える・工夫する・生かす」のスローガンが実になんとも虚しい・・・・・・それを大人達がチャンと実践してれば、こんな巨大な骸を晒すこともなかったでしょうに。 |
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まぁ撮影敢行しても良かったんですけど、どうも廃墟物件としての発酵・熟成がイマイチ足りないような気がして止めました。
無闇矢鱈と撮りゃぁエエ、っちゅうモンでもないんで・・・・・・。
後半はさらに南下して宿泊地方面に向かいます。 |
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