「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
点で塗りつぶせ!


点描法の例。Georges Seurat

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%82%B9%E6%8F%8Fより

 小学校に上がると「図画工作」っちゅう時間がある。ようやく入学前に購入していた水彩絵の具セットの登場である。12色の絵の具に筆が数本、パレット、バケツ、スポンジなんてもの一式が安っぽいビニールのカバンに入ってたような記憶がある。もちろん男の子は青、女の子は赤。

 初めての水彩画の絵のお題が何だったかはもはや全く思い出せないが、先生はすぐにでもベトベト塗りだそうとするおれたちに向って、一つの奇妙な約束事を告げたのだった。

 -----いっぺんに同じ色塗らずに、一筆塗ったらパレットに筆を戻して、ちょっと色を混ぜて少しづつポンポンと塗っていくように!

 ??????

 おれは混乱した。真っ白と思っても真っ白塗ったらアカンのか?ノッペリした部分も一筆づつチョンチョンとやってかんとアカンのか?見えるように描いたらアカンのか?それが水彩絵の具のルールなんか?何でやねん!?

 それでも7歳のおれは若干平均よりこまっしゃくれてたとはいえ、まだまだ素直でマジメなガキだった。いささかの理不尽さを感じつつセンセの言いつけ通り、一筆置いてはパレットでクチュクチュ、と画用紙に色を載せて行く。何だか描けば描くほど、そこにはおれの感じたイメージとは似ても似つかない色の集合体が出来上がっていくのだった。

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 この技法は、ま、要は「点描法」と呼ばれるテクニックにつながるのだろう。スーラやシスレー、シニャック等が代表的な画家で、印象派以降の光の追求が行き着いた地平として有名だ。
 絵画表現としては今はもう流行らないが、この考え方は色んな世界に生かされている。例えばブラウン管や液晶画面、オフセット印刷、インクジェットプリンター、デジカメなんかもそうだ。いやいや、コンピューターの世界は全部これだ。全ての色を三原色に還元し、それを微細な点(ドット)の集合体として形にするのだから、まさに点描法だわな。

 それでもこれって、点々が小さいからこそ成り立つことだろう。だからこそ、年々解像度は細かく、滑らかになって行くのだ。水彩のふっとい筆でやることにどれだけの意義があるっちゅうのか?それに三原色を学ぶなら理科だろう。

 この摩訶不思議な絵画教育は、水彩画が一段落する小学校の半ば過ぎまで続いた気がする。おれは最後までその意義と必然性が理解できなかった。

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 20年以上が経った。

 何という奇遇か、当時の担任の息子とおれはその後高校が一緒になっただけでなく、ナンギな音楽にハマるトコまでいっしょだった縁で、そのセンセとは付き合いが続いていたのであった。
 しかし、件の点描法についてはナカナカ訊くことができないでもいたのだが、ある年の正月、年賀に伺った際、いい加減酔っ払った勢いもあって思い切って尋ねてみたのである。

 ----センセ、昔、水彩絵の具で絵描くときに、『一筆づつ色を混ぜて変えながら塗れ』って言わはりましたよねぇ?
 ----***クン、よぉアンタ覚えてるなぁ〜。あったあった!そぉゆうのん。
 ----いや〜、それでですねぇ、おれ、未だに納得いかんのんですよ。そう見えたんなら別にビューッって塗ってもええんちゃうか、と。
 ----あ〜、ゴメンねぇ〜。あれてあの頃やねぇ、K町の方でああゆう描き方で、ものすごい力強う牛の絵描いたんがあって、教師の間でそないして子供らに描かせるんが流行ってたんやわ。
 ----はぁ!?牛!?
 ----そうそう、牛。昔はこの辺もよぉさん牛飼うてはったっしょ。そぉゆう生活に根ざした事物、みたいなんを力強く描く、みたいな、そんなんやねぇ。
 ----・・・・・・・・・・。

 あのぉ〜、柳宗悦の民芸運動っすかぁ!?プロ芸運動っすかぁ!?そんな教師連中のブームのオカゲでわしゃ、水彩のオブセッションに囚われたままやったんっすかぁ!?
 ・・・・・・などと、スッカリ小柄な初老のオバサンになったセンセ相手に言っても詮無いことであろう。おれは黙って酒の入ったコップを手に取った。

 たしかにおれが中学生になるくらいまで、地元の農家では牛を買ってるところが多かった。おそらくは稲作等で出るワラの有効活用として行われていたのだろう。全て乳牛で、多くてもせいぜい10頭ほど。搾乳された牛乳はミルクタンクに入れられ、小さな雪印のトラックが回収に来てるのを見かけた。暗い小屋の中の牛は巨大で、モーモー鳴くだけで何を考えてるのか分からないブキミさがあり、とにかく臭かった。
 思えば、そんな風景もいつの間にか見かけなくなっていた。

 牛ねぇ〜・・・・・・と、そのとき、意味もなくおれはつぶやいた気がする。

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 さらに10年以上が経った。

 下の娘はおれの血を受け継いだのか、字を書くことや絵を描くことが好きなようである。親バカで申し訳ないが、何度も市の展覧会に学校代表で出品されているところからすると、好きなだけでなく、才能においてもちったぁおれより脈があるのかも知れない。
 そんな彼女がメシ食いながら愚痴っている。

 ----絵描くのに、センセはちょっとづつ色を置くように描け、って言うんよ。
 ----!?オマエ、それって一筆づつパレットで絵の具混ぜてやるんか?
 ----そう!それ!そんなことしたら却ってヘンになるのに!

 何と牛点描法は関東にまで来てたのだ。

 教師の指導方法に進歩がないのか、血は争えないのか・・・・・・どっちでもいいけど、いずれにせよ初等教育にとって大事なのは、中途半端な方法論、偏った技術論よりも、ヤル気を引き出し、広範な基礎を教えることとちゃうんかい?

 ・・・・・・つくづくそう思う。
2006.07.31

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