犬若食堂の記憶 |

倒壊寸前のバラックのような店の全景。EV間違えて、白っぽく写っちゃいました。
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東京に来てまだそんなに経ってない頃だから90年代の終わりくらいだろう。こちらの地理もまだロクすっぽ分かってないおれに、折を見付けては親切に、あちこちのちょっと変わった飲食店に誘ってくれたりしてた同僚がある日、上野で奇妙な店を見付けたという。
------いやね、マルイの近くなんですけど、すごくヘンなんですよ。R**さんならきっと面白がるかな?って。
------何屋さんなん?
------トンカツ屋です。見た目は小汚いだけなんですけど。
------トンカツなんてそんなヘンなコト、そもそもでけへんのとちゃうん?
------それがですねぇ、まったく揚げてる音がしないんですよ。それとオヤジが金髪のロン毛で何かおかしいんです。
------!?
------・・・・・・で、頼んでから出て来るのに恐ろしく時間が掛かるんです。調理ってより、実験してるみたいでした。
------トンカツなんてフツー、10分もあれば揚がるやろうに・・・・・・。
------そう、何か分かんないけど、「煮てる」みたいなんですよね。
------「煮る」?・・・・・・で、美味しかったん?
------んん~・・・・・・ボクはもぉいいです。
------不味かったんかいな?
------不味くはないけど・・・・・・何かトンカツぢゃないです、アレ。それに何か小汚ねぇし、値段高いし。
------ハハハハ、そらアカンやん。汚い店はやっぱし安ぅて美味ぅないとねぇ。
それから10年くらいしてTVの番組で、件の店が「平兵衛」ってイカれた店だってコトを知った。「とんねるずのみなさんのおかげでした」の名物コーナー・「きたなシュラン」である・・・・・・しばらく後、本家・ミシュランからクレーム付いてタイトル名は変更されたけど、けっこう長続きしたんぢゃなかったっけかな?その第1回に「平兵衛」が採り上げられたのだ。
まだこの頃はとんねるずも勢いがあって、たまには面白い時があったし、この「きたなシュラン」は何だかんだケッコー観てた。それで識ったのが今回取り上げる「犬若食堂」である。
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どだい「犬若」って名前からして何だか怪しいが、これは単に地名。銚子の先っぽ、ツブれそうになりながらも粘りに粘りまくる銚子電鉄の終点、外川駅から海岸まで南に下ってちょっと西行った先が犬若港って漁港で、その裏寂れた海岸通り沿いにあったまるでもう掘っ立て小屋にしか見えないボロくて小汚くて怪しげな食堂である。過去形で書いた通り、今はもうない。
いや、昔はどこの漁港の近くにもこうした食堂がケッコーあったモンだ。漁師が戻って来て魚を下ろしたり網を繕ったりとその日の仕事が一段落して、一般人なら昼メシ食ってるような時間が彼等にとっては夕食みたいなモンだから、そんなんで昼間っからみんなでビール呑んで「今日は大漁だった」とか「シケで大変だった」、あるいは「仲買に叩かれた」だとか「高く売れた」だとかワイワイやったりするようなトコだな。一言で言うと「地元民のざっかけない大衆食堂」っちゅうやっちゃね。
だから営業時間も通常とはかなり異なっており、ほぼ深夜な早朝から昼過ぎくらいまで、ってな、まるで卸売市場の場内食堂みたいになってることが多かった。
そうした昔ながらの港町の漁師相手の店が、奇蹟的に古いスタイルのまま現代に生き残ってたのが本来の犬若食堂だったんだと思う。
店内は4人掛けのテーブルが4つ。今は有名になってキャパ以上に客が押し寄せて来るからだろうか、店の前には日除けのタープやアウトドアテーブルチェアなんかも置かれてあったりする。そこで食ってる人もいた。奥っちゅうか隣にくっ付いた建物は座敷っちゅうか小上がりになってたかな?裏手はどうやら自宅のようだ。年季の入った黒板には殴り書きで本日の刺身類。壁も飾られたタイマイの剥製も、縁起物の大入り額も、客から贈呈されたっぽい写真等も・・・・・・当然のように全てが好いカンジに煙草のヤニで煤けて飴色になっている。
不思議と大食い自慢が多いバイク乗りが今はあちこちから訪ねて来るんだろう、そうした連中のステッカーが店内のあちこちに貼られてる。千社札かよ!?もちろん、きたなシュランの認定証と人形も高い所に、ちょっと誇らし気に飾られてあった。そりゃぁこんな店に女優の木村佳乃がやって来たらスゲェこったわなぁ~・・・・・・あの人、意外に何でもNGなしでやる男前みたいだけどさ。 メニューはフライ系の定食類に加えてナゼかカレーライスや焼肉定食、一品で刺身類、かき揚げは名物のサルエビと目光なんかがあったっけ。それとやはり呑む人が多いのか、もつ煮とか冷や奴等の付き出しっぽいのが何品かあるだけで至ってシンプル。
画像に掲げたのは初めて行った時のだ。日付を見てみると2013年だから、北海道から戻ったちょっと後くらいだな。あぁ、そうだ。想い出した。TVで観て行ってこましたろと思ってたら何ヶ月後かに東日本大震災が起きて、あの辺もチョコチョコ被害が出て、どうしようかな~?余震とかあったらコワいしなぁ~?って迷ってるうちに、ワンポイントリリーフの約束だったとは申せ、いきなり北海道にトバされたんだった。せやったせやった。
この時はヨメがあづま丼ってのとマグロ串揚、おれがミックスフライ定食にして、有名なサルエビかき揚げは食わなかったのだった・・・・・・ん!?品切れだったんだっけ?もぉ忘れてしもたな~。ともあれそれがどうにも気になって、この数年後に再訪してるハズなんだけど、どうにもその時の分の写真が見当たらない。
しっかし注文したメニュー、おれの完全なミスチョイスやったな~。だって人気ナンバー1みたいに書いてあるから、あんまし考えずにあづま丼頼んだんだんだけど、要するにこれはマグロのヅケ丼、そこにマグロ串揚げだから鮪がカブリまくり、さらにはミックスフライで今度はフライがカブってしまってんだもんなぁ~・・・・・・。
ボリュームはまぁまぁってトコだろうか。何年後かにありつけたサルエビかき揚げも、たしかにボリューミーではあったけど、そこまで狂ったような爆盛りではなかった。値段も決して安いってほどではなく至極フツー。加えて、料理としてそこまで美味いか?っちゅうたらこれもビミョーで、フライはまぁフツーに家で作れるくらいのフライだし、かき揚げはちょっとゴロンゴロンしてて、サクッとカラッとな軽いかき揚げではなかったモン。
・・・・・・ぢゃぁ何が良かったのか?っちゅうたら、そらもうひとえに素材の新鮮さと、地元民が集う異様なまでにボロくも小汚い店のシチュエーションにあったと思う。要するに体験そのものが面白い店だったワケだ。
残念ながら、もう犬若食堂は建物自体が影も形も残ってない。GoogleMapで見ると、今でも更地のままになっている。ネット情報によれば閉店は2018年の暮れぐらいだったみたいだ。ちなみに最初にマクラで触れた上野の「平兵衛」はもっと早く、かなりテムパリ系で濃いキャラだった店主が、震災の何ヶ月か後に急逝してそれっきりである。
ヘンな店は儚いのである。そして儚いモノをおれたちはもっと慈しまなくちゃならない。
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・・・・・・とまぁ、このまま終われたらちったぁ食べ物エッセイ、あるいは紀行文としての余韻もあったろうが、実はこの犬若食堂には何とも後味が悪い・・・・・・っちゅうか気味の悪い後日譚がある。それを紹介して今回の駄文を終えることにしよう。下の官報をまずは読んで欲しい。
2019年03月18日 官報
本籍・住所・氏名不詳、推定年齢60歳位の男性、身長156cm、体格中肉、下肢動脈にステント留置
上記の者は、平成31年2月14日、千葉県銚子市犬若11297番地犬若食堂東側空き家の押入れ内から発見されました。死後1年から3か月の間と推定。身元不明のため遺体は当市において火葬に付し、遺骨を保管してあります。心当たりの方は、当市社会福祉室まで申し出てください。 |
平成31年3月18日 千葉県 銚子市長 |
詳しく言うと、廃業して数ヶ月後、いよいよ店が取り壊されることになったのだが、その解体作業中に隣接する自宅部分の押入から身元不明の半ば白骨化した死体が出てきた、っちゅうのである。あくまで「行旅死亡人」の発表であって、誰も逮捕されたりなんてしてないから犯罪性はないと思うし、絶対にそう思いたいものの、死亡時期と営業時期の微妙さが何とも不気味でワケが分からない。
廃業してなお、大きなエニグマを遺した犬若食堂、こんなに怪しい飲食店はもう滅多に表れないだろうな。 |

きたなシュランの認定証と人形。訪ねたのは木村佳乃。
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2022.02.13 |
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