「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
明るい虚無


おれにとって多くの人が離合集散する駅のイメージっちゅうたらやはり、昔の天王寺なんだな。

http://kokutetu.seesaa.net/より

 私淑して止まない偉大な存在の一人である水木しげるが、かつて自分が送られた戦地を訪ねるってな企画の番組に出て、その中のインタビューで、「先生は激戦のここラバウルで九死に一生を得られた一方で、沢山の方が亡くなられました。今こうして生き残られてこの地を訪ねてどんなお気持ちですか?」ってなコトを訊かれた。訊いた方はまぁ、鎮魂だの申し訳なさだのなんだの、如何にも日本人的なシオらしいそれなりの答えが返って来ると思ってのことだろうが、何せ相手はあの水木しげるである。

 「いや〜、生きててメチャクチャ楽しい。生きてるっちゅうのはホンマにエエことですなぁ〜!ワッハッハッハッハ!」

 もちろん、これには彼一流の意味がある。死なずに生き残って帰国して辛気臭い生活を送ってたらそれこそ、死にたくもないのに「玉砕」っちゅう名のただの犬死をさせられた彼等に申し訳が立たんではないか、ってコトだ。本当の死線、地獄を彷徨った彼の心境には、安易でパセティック、生暖かいだけのヒューマニズムに骨の髄まで毒された連中は到底辿り着けないだろう。

 云わば「底抜けに陽気なエゴイスト・ニヒリスト」だった彼はそうしてひたすらやりたいことだけをやって、生を謳歌し(・・・・・・って、貧窮を極めた時も多々あったけど)、93歳の大往生を遂げている。一番の大妖怪は水木しげる自身だった。

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 最近、周囲の人に色々とイヤなことが起きる。

 初めは何だったっけかなぁ〜・・・・・・?あぁ、親類の癌だ。おれよりずっと若いのに、どぉにも体調悪くて医者に診てもらったらスキルス性の胃ガンであることが判明したのだ。かつてあの逸見さんの命を奪ったヤツね。調べてみると、スキルスって胃の内側に拡がるフツーのと異なり、胃壁の奥に向かって進行するモノらしい。だから表面的には小さくて発見しにくく、見付かった時には手遅れになりがちになんだそうな。あと、病勢の進行が速い。
 胃壁を突き抜けた癌は腹膜にまで若干広がってたみたいで、おっかないことにステージWと宣告されたのだけど、進歩し続ける最先端医療の甲斐あって幸運にも一命は取り留めるコトができた・・・・・・が、予後はぶっちゃけまだ何も分からない。5年生存率で言うと、それなりっちゅうかかなりっちゅうかシビアな状況のようである。

 部下の一人でも同様のことが起きた。元気を絵に描いたような女性だったのに、やはりちょっと体調の異変を感じて近所の医者行ったら別の科に回され、さらにはうちではムリですって紹介状書かれ、行った先の大きな病院で即手術が決定・・・・・・って、メッチャ悪いに決まってますやん、このパターン!
 おらぁ昔、腫瘍を切ったんだけど、いつまで経っても手術日の案内来なかったもんな。医者は医療過誤を恐れてナカナカ本当の事を口にしないだけで、要はヤバいとすぐ手術、そうでもなければ泳がせとくんだって、後になって薄々分かった。実際おれが手術後、ベッドで痛みに唸ってる時、同室に入院して来た人なんてもぉ「すぐ同意書にサインできる親兄弟はいらっしゃいますか!?」な〜んて言われて、その翌々日くらいにはオペやってた。だから、彼女の病状は間違いなくかなりシリアスなんだろうと思う。

 昔良くしてもらってた人に久しぶりに会ったら、「おれ、定年でもぉ会社を辞めるんだ〜」と言う。どっちかと言えばコツコツ・黙々と働く人で、てっきり定年後も続けると思ってたんで意外だった。そら大手を振って会社辞めれるっちゅうんはマコトに御同慶の至りだが、そのワケを聞いて、おらぁちょとばかしフクザツな気持ちになったのだった・・・・・・っちゅうのも、一つは病気したコト、もう一つには御兄弟が先年急に亡くなられ、それが独身だったモンだから民法のナゾ規定である所謂「遺産横っ飛びの法則」によって(・・・・・・志村けんもそぉだったよね)、いきなり他の兄弟に相続されたのだ。それがそこそこけっこうな額に上ったらしい。
 悠々自適とまでは行かないけれど、まぁぼちぼちアルバイトでもやってりゃ食ってけるくらいなのと、自身の病や兄弟の死でどことなく人生に虚しさを覚えて「まぁもぉエエか」って気持ちになったんだそうな。加えて、家系なのかどうかは分からないが、ワリと親御さんとかも早くに亡くなってるのが決断を後押ししたみたいである。

 かつての同僚が急に退職したりもした。最近は組織や立場が変わってちょっと疎遠になってたんで、あんまし話せなかったのが残念だ。陽気で朗らかで身体なんかも普段から鍛えてて、ビョーキなんかとは一切無縁そうなタイプだと思ってたんで、とても驚いた。
 彼もまたやはり出物腫物系だったものの、幸いなコトにそれ自体は良性だったものの、大きくなって来てその周辺の神経を圧迫するコトであれこれナンギな症状が出てたのであった。そんならパッて取っちゃえばエエやろ?ってなるんだが、どうやら場所がややこしくて手術の成功率が低い上に、重篤な後遺症の残るリスクさえあって手が出せんのだとか。ヒェェェ〜ッ!
 彼が数年前から急にハイペースで散財してることは知ってた。でも、あったらあっただけ遣うしか能のないおれとは違い、元々財テクが得意だったんで、まぁ彼ならぐっすら持ってんだろうなぁ〜くらいに思ってた。しかし、マンションに高級車、高額時計・・・・・・と、いくら何でもよく資金が続くなぁ〜って感心してたら、どうやら実はそんなままならない自身の病にやさぐれてた、ってのもあったみたいである。これからどぉすんやろ?

 他にもワーカホリックで如何にも昭和のサラリーマンみたいな元上司がいきなりバーンアウトしたとか、知り合いのおれより少し年下のオッサンが脳梗塞でほぼ寝たきり状態になったとかもあった。全てこの1年くらいの話だ。

 まぁ要するに、そんな年齢になって来たってコトなんだろうね。

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 ・・・・・・で、おれだ。

 それがですわ〜!お陰様でこれがマジで何にもないんだよねぇ〜・・・・・・毎年の人間ドックも血圧がちょと高いくらいで、あとは良好。なるほどたしかに以前ボヤいたみたいに飛蚊症が出てるとか、骨棘が伸びてるとか、マイナートラブルは出始めてんだけど、そらもぉ加齢に伴うモンだからしゃぁないこってすやん。
 さらにこの長引くコロナ禍の中、リモートの「リ」の字にも引っ掛からないまま、来る日も来る日も電車に揺られて会社に通ってるのに全然罹患もしない。これはこれでちょっとおかしいんちゃうやろか?って我ながら訝しんでしまうくらい感染せずにこれまで来てる。
 しかし、上記のような色んな出来事はやはりそれなりに刺さる。盛者必滅・会者定離、自分は自分・他人は他人っちゅうコトはもちろんよぉ〜く分かってるけど、そらヤッパシ八ッ橋、刺さりますって。

 おれも60歳でスッパリ会社は辞める予定だ・・・・・・あ、いや、もちょっと手前でもエエかな?(笑)。でもヨメからそこまでは頑張れっちゅわれて約束しちゃったしなぁ〜。あぁ、軽々しく約束するんぢゃなかった。
 もちろんその後、働かないワケではない。前回の駄文に書いた通り、忙しくしてること自体は大好きだし、世の中と接点を持つ諸活動の一環としても仕事は必要だろうと思ってる。会社にそこまで不満があるわけでもない。ノホホンとしながら実はかなりな録を食んでんだし、追従と迎合を私利私欲の二人三脚のポジティブなポーズで糊塗してやってりゃまだまだ行けるんだろう。ただただ還暦を過ぎてこのまま同じ企業体に帰属していたい、って気持がサッパリないだけだ。
 思えば昔から漠然とはしてたものの、一貫してそんな風に思ってた。そぉいや定年再雇用が既定路線に組み込まれるようになった時なんて、随分ガッカリもしたもんだ。ヨメにも当然、これまで何度も伝えてある。
 しかしその内、こんなおれにももちょっと帰属意識が生まれるかも知れないし、そうなったらそうなったでまぁしゃぁないかな?って思ってたところ・・・・・・これが見事に、かような殊勝な気持になれないまま現在まで来てしまったのである(笑)。

 その点で、周囲の知り合いがどうなろうと知ったこっちゃおまへんわ〜、おれはおれで好きなコトを好きなようにやらせてもらいまっさ〜、っちゅうのは根っ子にある。それでも刺さる・・・・・・何でやねん?この感覚は?

 しばし思いを巡らせて気付いたのだった。多分、この年代のこの時期って、一種のハブっちゅうか、大きな乗換駅に着いたような状態なんだろう、ってコトだ。一旦そこにみんな辿り着いて、そしてそっからみんなまたそれぞれの線のそれぞれの列車に乗って分かれてく・・・・・・みたいな。そう、上手く言ったモンで還暦なのだ。十干も十二支もフリダシに戻るのだ。
 「刺さる」って書いたのは、そんな大きな駅の、無数の人々の哀歓が交錯する空間が醸し出す独特の雰囲気に対して感じる気持ちとひじょうに似てる・・・・・・まぁ平たくゆうと、ちょとした感傷に過ぎんっちゅうこっちゃね。だから答えはもう出てる。

 乗り換えた列車が動き出せば、すぐに目の前の景色に夢中になって忘れてしまう、ってコトだ。一過性の感傷ってこってすよ。乗り換える列車が贅を尽くした豪華列車か?オンボロのトロッコか?、はたまた遠くまで行くのか?すぐに終点か?、或いはチャンと走るのか?脱線するのか?・・・・・・そんなことは知らないし、知る必要ももない。

 ただ・・・・・・再び動き始めた列車の外を流れる車窓の景色はどれも陽光溢れ美しく、道程はどれも楽しい。

2022.09.29

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