「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
世界遺産だって


何度見ても凄い構図だよね

 富士山がユネスコの世界遺産に登録されたそうである。

 濫用されてるから何となくこれまで曖昧におれも使ってたコトバなんだけど、実は分かってるようでまったく分かっていない。なもんで、その定義は何だろ?と思って調べてみたところ、「世界遺産条約に基づき、人類共通の宝物として未来の世代に引き継いでいくべき文化財や遺跡、自然環境として世界遺産委員会に登録された有形の不動産。文化遺産・自然遺産・複合遺産の3種があり936件(文化遺産725件、自然遺産183件、複合遺産28件)が登録されている(2011年11月現在)」とあった。
 じゃあ世界遺産条約って何なんだ?ってコトになるが、最近のWebの辞書はマコトに便利に出来ており、ちゃんとその単語にリンクが張られている。でもってこっちは「《「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」の略称》世界各地の自然遺産、文化遺産を保護し、受け継ぐための条約。昭和47年(1972)、ユネスコで採択。日本は平成4年(1992)に加盟。世界遺産保護条約」となっていた。おそらくはオリンピックの招致合戦みたいなのが繰り広げられてんだろうなぁ〜。

 日本人は昔からこのテの「免許皆伝」みたいなのにからきし弱いもんだから、もぉ地元は随喜の涙を流して盛り上がり、逆に落っこちた鎌倉はどよぉ〜んと沈んでるとのことである。これまでも、何だか古臭い仏像だとかナントカ、国宝指定された途端にこれまでそんなんに一顧だにもしなかった連中が殺到して押すな押すなの大盛況になったりと、おれたちはまことに「ブランド」とか「お墨付き」とか「箔」とかにアテられやすいのだった。

 まったくもってアホか、と思う。

 地元が沸き返るのはそら無理もないことであろう。もちろん、実利が伴うからだ。世界遺産に登録されたら観光客が激増して地元に莫大な金を落としてってくれるからだ。だとすれば元々観光客で休日など身動きもままならない鎌倉なんてどれだけ欲の皮が張ってんだ?って呆れてしまうが、それはまぁさておき、富士急の電鉄株はたちまち急騰したという。とにもかくにもゲンキンなのである。
 しかしながらこの世界遺産、ナカナカめんどくさいモノでもあるらしく、あまり浮かれていろんな施設おっ建てたりすると指定を取り消されることも一応はあるらしい。いろんな開発の規制がかかるワケで、門前市を為して賑やかに・・・・・・とは簡単にコトが運ばないようでもある。

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 冬の晴れた日など、おれの家からも富士山は良く見える。扇子を逆さまにした如く末広がりに裾野を持つ山容は実際とても美しく、そしてどこか超現実的でさえある。こんなシンプルな形の独立峰が日本で一番高いっちゅうのは、昔の人ならずとも驚嘆と奇異の念を抱いてしまうっちゅうもんだ。
 一体どれだけあるのか、各地に残る「富士見」の地名。富士山は古くから最高のランドマークだった。赤富士、あるいは一富士・二鷹・三茄子、などと縁起にも担がれ、聖地としては、木花咲耶姫を祭神とする全国の浅間神社の頂点であり、全国の似た形の山は「**富士」などと呼ばれ、庭にはミニ富士の築山を拵えることが流行り、そして様々な芸術表現のモチーフともなっている。

 しかし、冷静になって考えると、こういった日本の歴史や文化の中で、静岡と山梨の間に聳える「実体としての富士山」は実はそこまで愛されてなかったのではないか?という気も一方でして来る。どぉゆうことかっちゅうとつまり、おれたちは例えば葛飾北斎の「富嶽三十六景」であるとか、「竹取物語」であるとか、風呂屋のペンキ絵であるとか、いろんなメディアを通して抽象化されたり誇張あるいは美化された、いわば「観念の中の理想の富士山」を愛し、羨望してたのではないか、と思うのだ。ベランダから見える富士山だって、遠景で限りなく二次元化され、純粋にフォルムだけに整理された姿だからこそ美しさを感じてるのではないのだろうか?

 かつて富士講なるものがあった・・・・・・っちゅうか今でも細々と続いている地方もあるらしい。元々は修験道の流れを汲むもので、集団での山登りを一種の宗教上の修行として捉えて行うものだ。そのための資金をちょっとづつ積み立てるのである。他にも御嶽講とか大山講、筑波講に大峰講・・・・・・と、山に登るのはいろいろあるんだけど、その実態はみんなでお金を貯めて団体で山に登りましょ、みたいな一種の町内会レクリエーションだった。お伊勢参りに代表される寺社仏閣への参拝が宗教に名を借りたレクリエーションだったのと同じである。
 今みたいに写真や動画が氾濫する時代ではなかったから、イメージの中の富士山はみんなの脳内で膨らむばかりであったろう。遠景にぽっかりとその頂を覗かせる富士の姿は、ますます期待を募らせるばかりである。
 ところがいざ麓に取り付いて登り始めると、優美な姿はサッパリ分からず、尖ったゴロタ石が転がるモノトーンで荒々しくも単調な斜面がひたすら続くばかりだ。そりゃまぁ火山なんだから当然ではあるが、実際山登りの楽しさからすれば他の山の方がよほど楽しい。それに胎内潜りもなければ、宙吊りにされる覗き、岩場をよじ登る鎖場なんかもない。

 「来てみればさほどまでなし富士の山」なる川柳はこの点をまことに鋭く衝いているように思う。それほど高さを感じない、って失望してるだけでなく、思ってたより美しくないなぁ〜、そこまでありがたみないなぁ〜、ってな失望が明らかに感じられる。富士山とはおそらくは故郷といっしょで「遠きに在りて想うもの」なのだろう。

 ネチネチ書いたけど、日本人の心の依り代としての富士山は、必ずしも実体としての富士ではないように思えるのである。

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 富士が世界遺産に登録されたって新聞記事を見ながら、はしなくもヨメが言った。

 ------これで噴火して吹っ飛んだら世界遺産ってどぉなるんやろうね〜?」

 荒唐無稽な空想と一笑に付すにはちょとヤバいのである。実際、このところ富士山に異変が続いているのだ。
 東日本大震災の数日後にはM6.4の地震が富士宮辺りを震源として発生した。地震学者たちは色めき立ったと言われる。マグマが激しく揺さぶられりゃコーラの瓶を振ったのと同じことになるからだ。雪形である農鳥は例年になく早く出現し、昨年からは河口湖の水位が異常なまでに低下、そのちょっと前から山頂挟んでその反対側あたりではあちこちからジャブジャブと水が噴き出しているんだそうな。溢れ出た水は家の床下に溜まったりするもんだから根太が腐ったり、室内一面に黴が生えたりして住人は大変に難渋している。さらに3合目付近の林道では何百メートルにもわたってアスファルトが大陥没、あちこちにある氷穴のいくつかでは氷が溶けて蝙蝠が彷徨って、何と昨年は中腹から噴気があった。すぐ近くの箱根では群発地震と言っていいほどの微小地震が起き、局地的に震度5を観測したり、僅かながら山体膨張さえ起きている・・・・・・ホンマかいな!?デキ過ぎやで(笑)。

 まことしやかに語られるこれら「異変」の大半は実のところ、噴火の前兆とするには相当の眉唾モノである。水位低下はどうやら一時的なものみたいだし、湧水はこれまでも何年おきかに発生してるみたいだし、林道の陥没は山体膨張もクソも単にアスファルトの下のバラスがブッコ抜けただけだ。箱根の群発地震も今に始まったことではない。殊に噴気なんて、証拠とされる写真はどう見たってちぎれ雲に過ぎない。こんなモノが噴気なら、日本中の山は全部活火山だ(笑)。

 しかし、一つだけ確かなことがある。富士山直下を震源とする低周波地震は間違いなく増加しているのである。低周波地震とは地下の溶岩がユックリと動くときに周囲の岩盤をメリメリと破壊することによって起きる、通常の地震より遥かに波長の長い地震のことなんだけど、これが東日本大震災以降、明らかに増えてる気がする・・・・・・とは申せ、だからってすわ噴火!と慌てるのはいささか早計である。
 この低周波地震、厄介なことにこれまでも消長を繰り返しており、有名なところでは今から十数年前に物凄く激増したことがあった。でもその時は結局何も起きなかった。呆れるほどに何も起きなかった。その発生深度と頻度、そしていよいよ直前になって発生すると言われる火山性微動あたりから推測するしかない。大体に於いて世界中のどの火山も年あたりのマグマ供給量は、実はほぼ一定しており、次の噴火までの期間はマグマ溜りのキャパシティと、周辺の地殻の安定度で噴火サイクルはおおよそ決まるものなんだそうな。それがまだハッキリ解明されてない現時点では、実は次の噴火がいつだなんて誰にも特定できないのである。ま、むっちゃくちゃにキモチ悪いけど・・・・・・。

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 そして最初の話に戻る。

 よしんば富士山が大噴火し、その山巓が木っ端微塵に吹き飛んで元の秀麗な形を喪ったところで・・・・・・否、喪えばより一層、日本人は富士を愛するのではなかろうか?永遠に失われたものに対するノスタルジーは、現前するものへの情熱を遥かに凌ぐのではなかろうか?極論してしまえば、無くなることで象徴としての富士山は完成する。それも世界遺産なんちゅう金バッヂを頂いたばっかりで・・・・・・。

 ハハハ、もし、ホントにそんなことになったとしたら、ユニセフも実に粋な計らいをしてくれたモンだと思うな。


かつて日本の特急列車の頂点も「富士」だった。

2013.05.04

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